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自伝的視点で振り返る80年代ファッション

アパレル業界に入るきっかけ
なんとなく駅ビル歩いてtakaQのバイト募集みて、冬休みにバイトを
初めて結果今も洋服触ってる仕事をしてます。
レディースの今も存在してるブランドの販売なんかもしました。
兵藤ゆきさんや志村けんさんなんかがテレビできてたブランドも
ありました。展示会いくと味噌汁がだされて、なんかそれがすごうかっこよくみえて、幹部の方が良くしてくれて社員になる?と言われましたがお断りしたり(笑)
新進気鋭のブランドなんかもみましたね。かっこよかったな〜当時は。
トレンディドラマの主題歌やったようなメンバーが来てましたね。
その後、スニーカーショップにおいでよといわれ、そこは社員で店長、バイアーを経験させてもらいました。在庫の管理やスニーカー扱ってるお店もおおかたから、退園でしたが、おおしろかったですね。この頃知り合った営業が同世代だったので、今も戦友というか親友ですね。もう業界にはいないけど、彼のおかげで知り合った人で仕事がたちあがった感じですね。
セレクトショップみたいなのを2年ちょっとやったのですが、やはりむずかしかったですね。いろんなインポートをあつかいました。
でも友人や後輩が今もお店のおかげでつきあってるんですから、良かったと思います。(昨年悲しい出来事もあったわけですけど)
僕は失敗と今はおもってないですね。
その後メーカーさんからプリントの仕事しない?
友人の会社から店舗の管理やってくれない?
ということで、2足のわらじしてました。
店舗管理がメーカーと友人がトラブって閉店になったので、
プリント1本にしぼりやって今に至る感じですね。
プリンターになって
おもにカラーコピーをつかったプリントをやってました。
その後デザインをPCで機械でラバーシートを切るプリントや
シルクプリントなどいろいろそろえてきました。
30年ですから早かったとおもおうとこ、技術や手法のいろいろ
かわりましたね。
プリントの仕事も人に恵まれ、業界の重鎮やアーティスト系なんかも
やらせていただきました。
出会いの引きだけは恵まれたと思います。
当然付き合いのなくなった会社さんもいるわけですが
相性みたいなのもありますし、そこはって感じですね。
会社辞めても新しい会社に入ったからとお仕事の依頼や有名アーティストのライブのインビテーションなど送ってもらえたり今もなお感謝ですね。
業界の重鎮の家族まで仲よかったり、本当めぐまれました。
どこでもいっしょ?
甘えん坊なのとお調子者だったのか、上の方にかわいがってもらった
気がします。そのおかげで今もいろんな友達や仕事関係の人と交わって
仕事できるのですから。
大人びてて、普通の大人には生意気といわれ嫌なおもいもしました。
まあ不思議と消えていく大人たちでした。
言うこときかないの、わかりますが言うこときいてまだ不満?みたいなこという人だめですね。今時のやつなんかそれよりひどいのに。
いろんな世代やお立場の方とお付き合いさせてもらって、時をわかってない人と、わかった感じでいる人といろいろですね。
最近思うのは、承認要求ってすごい!とおもう。
僕は 秘すれば華 みたいなの好きなんだけど、目立ってなんぼ!みたいな
おいおいってのみてて、恐怖感と羨ましいと交差します(笑)
プリントやさんですから、日陰でいいんですけどね。
そんでなくてもキャラ的には目立つんでしょうから。
どこにプリントだしても正直一般の方には、分別つかないとおもいます。
だから、例えばTシャツのサイズでプリントサイズかえてもらえたりとか、
袋つめ基本だったり、ちょっとできないかなこのデザイン?ってのができたり
そういうの重要だと思ってます。
お店やってる方で、追加1枚でも作成したいけど10枚からだ20枚から
といわれたり、これはプリントの方法で仕方ないことなので、悪口ではないです。
うちは飲食店さんがバイトはいったから2枚でいいんだけど?いい?
よろこんで!なんですよ。最初のオーダーで20枚とか作成してお店オープンしてバイトやとえるようになったよ!とかたりなくなったんで!っていわれると
嬉しいわけですね。
だからそういうお付き合いできるプリントやさんにうちでなくても
いいからさがしてみてはどうでしょうか?

